今串山の池に身を投げた奥方
どんな伝承か
天正十七年、三河内の三ッ子山城主三河内通亮の奥方照日の前は、里方の西城大富山城へ久しぶりに帰っていた。中野の里の胎蔵寺で開かれた花見の宴で、警固についた近習東左近が『わが恋は岩津の山の桜花』と詠み、奥方は左近を忘れられなくなる。三ッ子山へ帰ろうとせず、城主自ら迎えに来るというので泣く泣く帰る道すがら、奥方は今串山中腹の弁天へ願をかけると告げ、乳母桐壺だけを連れて登った。弁天宮前の池で空を指さし、桐壺が見上げた隙に水音がして、白い被衣が浮かぶだけだった。にわかに竜巻が山を覆い、桐壺は照日の前が竜に乗って観音になって行くとうわ言をいいながら、姫の櫛を握りしめていた。以来今串山を今櫛山と呼ぶ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第10巻』は、全国の伝説を型ごとに分けて集めた叢書の一巻である。岡山・広島・山口の三県を伝承地とし、蘇民将来、吉備津彦と温羅、厚狭の寝太郎、化け猫、河童駒引き、夜泣き石、姥棄て山などの伝説を、聞き書きや市町村誌、民話集から採って収める。「文化叙事伝説」と「自然説明伝説」の部に分けて番号順に並べ、各話には伝承地と本文のあとに〔類話〕と近世の地誌などを引く〔文献〕を添える。