二鹿大明神の縁起と角倉の滝
どんな伝承か
『山口県風土誌』は二鹿大明神の縁起をこう記す。人皇六十一代朱雀帝の御代、比叡山に二頭の鹿が住んで人畜を害し、都を侵そうとした。群議の末、梅津中将という勇士に勅して討たせることになる。鹿は額が銅鉄のごとく牙は剣、目は鏡のように光ったが、中将の狩りを恐れて飛ぶように逃げた。中将は山陰山陽の数州を追って玖珂の里に至る。矢を繰った所をくり矢谷、行き逢った所を相の谷、射伏せた所を伊房と呼ぶ。鎌堅骨を射抜かれた鹿が倒れると山河は雷のように震い、その所が角倉の滝で血の跡が今も赤いという。中将も力尽きて没し、桃ヶ峠に梅を植えて印とした。承平五年、川中の島に宮を建て、鹿の角と中将の箙を神宝としたと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第10巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全85話(岡山・広島・山口=中国地方)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。