享保の村記が伝える二鹿大明神
どんな伝承か
『享保増補村記』によれば、二鹿大明神社は九月二十三日を祭日とし、社領は高一石であった。由来記の略に、朱雀院の御代、比叡山に一身両頭の鹿が住んで人畜を害し都を侵そうとしたので、梅津中将に詔して討たせたとある。中将が山に入って狩ると鹿は逃げ、跡を追って周防国の角蔵滝という所で疲れて休むところを射伏せた。中将も力尽きてこの地で没し、桃ヶ峠に葬って塚の上に梅を植え梅津氏の印とした。のち鹿の霊が人を悩ませたので、角を神体とし一身両頭の鹿と中将の像を刻んで相殿に祀り、承平五年に社を建てたという。森の中の岩滝の赤い所が角蔵滝で鹿の血の跡だと伝え、森の下の小池は中将が手を洗った所だとして誰も水を飲まない。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第10巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全85話(岡山・広島・山口=中国地方)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。