和田山の勇壮な木流しの行事
どんな伝承か
和田山では、明治初年まで木流しの行事が行われた。本宮山で切った割木を川に流し、今の山の神の東にあたる木場で拾い上げる。山と積まれた幾百尋の割木は牛車につけられ、米沢・高畠・糠野目などの方面へ捌かれた。上和田方面の若者が水に浸って働く様は勇ましく、今の人の想像にも及ばないほど勇壮なものであったという。値は明治初年で一尋一円二十銭ほどで、酒屋用の雑木ならばそれが当時の相場であったと言われる。米一俵が十銭ほどという時代であったから、相当なものであった。
原典より
和田山では、明治初年まで木流しの行事が行われました。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。