本宮山の藪陰で脱走を止められた佐藤青年
どんな伝承か
金竜海の工事では、若者たちが山から切り出した石で石垣を積むと、王仁三郎がこんな積み方があるかと突き崩し、身魂の立替え立直しの型だと言ってやり直させた。二十三歳の信徒佐藤忠三郎は、水も出ない池掘りにこき使われてむなしくなり、大本を抜け出そうと本宮山の麓の藪陰に寝転んでいた。すると藪から手が伸び、逃げ出すのはまだ早いという声がした。王仁三郎である。彼は、これは賽の河原の石積みだ、壊されても立て直す心を植えつけているのだ、神が掘れと言うから掘るのだと語った。佐藤は衝撃を受けて思いとどまり、生涯を大本に捧げた。
原典より
彼は仕事場からそっと抜け出し、本宮山の麓のやぶかげに寝ころんで、いつ脱出を実行に移そうかと考えはじめていた。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。