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天王川畔の六面幢

所在地山形県東置賜郡高畠町和田(天王神社)
年代永祿四年(1561年)
登場浅川妥女正、和田近江、館跡が伝わる豪族
出典高畠町伝説集

どんな伝承か

置賜駅から和田の馬頭へ抜ける横断道路の途中、天王川の付近に天王神社があり、その前の道の南側にゆかしい六面幢が立っている。高さは八尺で、六面に座像が刻まれているので「笠卒塔婆」とも呼ばれる。銘には「永祿四年辛酉三月十六日念仏講人数五十人」と刻まれており、室町時代末期の念仏講の供養碑である。言い伝えによれば、この六面幢はもと浅川山麓の鬼子母神の境内にあったが、明治時代に現在地へ移された。付近には大同元年の創立と伝わる古刹瑞雲院があり、開基は豪族浅川妥女正と伝えられる。没落した武士の供養碑という説もあるが、確かなことは分からない。

原典より

置賜駅から和田の馬頭へ横断道路がありますが、その途中、天王川附近に天王神社がありましてその前道の南側にゆかしい六面幢があります。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))

『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。

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