日尊王に密書を送った一本柳館
どんな伝承か
浜田伊豆守広康は伊達家の家臣で、一本柳村に居館していた。暦仁年間、長井時広の弟に大江常方すなわち浜田次郎太夫という者があり、その六代の孫、浜田石見広忠の代になって伊達政宗に仕え、和田村の稲子館の地を賜り、併せて八百五十石を領した。応永五年に一本柳館を築いてここに移り、二千五百石に加増されて大蔵頭となった。その子常満は伊豆守となり、楠氏に属して後醍醐天皇の後胤である日尊王に密書を送った。館を子の元満に譲って吉野へ赴き、足利の軍勢と幾度か戦ったが利なく、日尊王は捕えられて文明二年十月十日に樋口川原で処刑された。常満は僧衣を着て敵を欺き、王の御髪を請うて菩提を弔い帰国したという。
原典より
浜田伊豆守広康は伊達家の家臣ですが、一本柳村に居館しておりました。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。