館の内に築かれた安藤館と中島氏
どんな伝承か
亀岡村露藤のうちに中島という地名がある。昔は露藤の南方に集落があって露藤の一部であったが、次第に現在地へ集まり、文久年間以後は露藤を離れて一村を成すに至った。同地には「館の内」という地名が残っており、伊達氏の時代に伊達尚宗の臣、安藤東次郎照明という者が館を築いたと言われている。その後、子孫の中島伝兵衛宗朝、その子宗武、孫の豊宗と三代にわたったが、天正十九年、伊達政宗に従って仙台へ移った。中島という地名は仙台へ移ってから名づけたとも言われる。なお中島氏の館の表門は、明治時代まで中和田の平兵五郎さんの門がそれであったと伝えられている。
原典より
亀岡村露藤の中でしたが、中島という地名があります。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。