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主に殉じた家来を葬った十六塚

所在地埼玉県さいたま市西区大字指扇領別所(十六塚)
年代伝承
登場十六人の家来
出典埼玉県伝説集成——分類と解説 中

どんな伝承か

さいたま市の指扇領別所にあった十六塚は、福正寺の建つ台地が北の水田へ落ち込むきわに築かれていた塚で、昔、忠義な家来十六人の亡骸を葬った所と伝わる。明治二十七年、堤を築くために塚の土を取ると、中から髑髏がおびただしく出てきたので、村人は驚いて福正寺の境内に丁寧に葬り直し、聚魂碑を建てた。数は十六や十七ではきかなかったという。また、十六人は金子山に館を構えた殿様の家来で、主の館が攻められたとき居合わせず、駆けつけたときには落ちていたため、沼越しに金子山を望む高台でそろって腹を切り、その墓が十六塚になったとも語られる。

原典より

明治二十七年に堤を築くために土を取ったところ、その塚の中から累々たる髑髏が出て来たので、驚いた村人たちは、その髑髏を福正寺境内に手厚く改葬して聚魂碑を建てたのであった。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)

『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。

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切腹髑髏殉死

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