一等の駒を御手打馬と呼ぶ市
どんな伝承か
三代村も湖水に注ぐ一つの川の岸にあり、糶庭はその川の川原に設けてある。訪ねた翌日はちょうど三日目であった。諸国から入り込んだ馬商人が家々に泊まり、夜遅くまで話をしている。この村は会津街道であったから、村の中を用水が流れ、路幅が広く、くぐり戸や腰高障子の家が多く、火の影が路へ差して、ただの田舎のようではなかった。当日一等の駒を御手打馬といい、褒美に赤い盃などをくれる。良い馬は領主が買い上げるので御手を打たれるという意味である。牽手は大半が女で、子を背負った女房もあった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。