梶尾家に駆け込んだ戊辰の負傷兵
どんな伝承か
慶応四年四月三日の市川戊辰の役のとき、曽谷の梶尾家の家付き娘だった祖母はまだ五、六歳だった。国分の方角と家の裏手とで激しい銃撃戦が始まり、五、六人の侍が水を飲ませてくれと家に駆け込み、庭の床台に負傷した仲間を寝かせて手当てをし、自分たちも水を飲んだ。鉄砲や刀を持った男たちに家中が驚くうち、彼らは負傷者を担いで坂の下へ降りて行ったという。祖母はその光景を覚えていた。この戦いは中山の法華経寺に本部を置いた側が一日で敗れたもので、翌四日に流山で近藤勇が捕らえられていることから、近藤勇も関わっていたのではないかと話者は語る。
原典より
私の祖母がこの家の家付き娘で、そのお婆さんがまだ五つか六つの時に、ここら辺でもやっぱり市川戊辰の役ってえのが慶応四年の四月三日だそうですね。—— 市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・1981年(昭和56年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・1981年(昭和56年))
『市川の伝承民話 第2集』は、市川民話の会が昭和五十六年に発行した民話資料集である。千葉県市川市の曽谷・宮久保・下貝塚と行徳の古老から聞き取った、狐や狢に化かされた話、火の玉、伝説、昔話、唄、暮らしの禁忌や苦労話を、方言を残した語り口のまま記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部を地区別に並べて各話の末に話者と記録者を記し、巻末に語り手の紹介、話者と採訪者の名簿、採訪記、あとがきを付す。