梨の選別中に襲った関東大震災と避難民
どんな伝承か
大正十二年の震災も大変だった。語り手は小学五、六年で、家では梨を作っていたので、九月一日は出荷しようと庭にむしろを敷いて選別している最中に地震が来た。この辺りは下が砂地で締まっていたためか、潰れた所は無かった。田んぼに出て見ると東京の方が真っ赤で、火事になると真空になるのか、トタンなどいろいろな物が舞い上がって飛んで来た。本所や亀戸あたりの避難民が親戚を頼って千葉へ来て、通りを乞食のように真っ黒になり、子どもを連れて通って行った。語り手の家にも池袋から父の弟の一家が来たという。
原典より
8 共同組合9 農地改革11 諏訪神社12 鯨の骨本行徳1 行徳の船着き場—— 市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年))
『市川の伝承民話 第6集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十年に発行した民話資料集である。昭和六十三年度から平成四年度にかけて市川市の下貝塚・八幡・平田・本行徳・香取などで聞き取った世間話・伝説・昔話・唄・年中行事・生活譚を、話者の語りに忠実に記録している。各話に話者と記録者を添え、新たに「現代若者の学校話」の部を設けて口裂け女や学校の七不思議などの怪談も収め、話者名簿・採訪者名簿・あとがきを付ける。