開けて来た市川
どんな伝承か
震災の後、東京から来る人が増えた。市川は地価が安いので、こちらが開けて来たのだという。大正十二年頃から家がぽつぽつ建ちはじめた。西の方は東海道線が通るので早く開けたが、千葉は通っていないので開けるのが遅かった。昭和八年に汽車がポッポと通り、昭和十年には電車になった。その頃に市川が市になった。八幡の駅ができたのは昭和十年頃で、それまでは中山も西船も無く、小岩はあったが新小岩は無かった。汽車の時代は駅が飛んでいて少なかった。市川では八幡が新しい町だと語る。
原典より
8 共同組合9 農地改革11 諏訪神社12 鯨の骨本行徳1 行徳の船着き場香取—— 市川の伝承民話 第6集(市川民話の会・市川の伝承民話・平成初期刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会・市川の伝承民話・平成初期刊)
市川民話の会編『市川の伝承民話 第6集』を全140話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。