梨畑からいちご畑へ・市川いちごの出荷
どんな伝承か
土地が売られて住宅が増えると、虫がついて野菜ができなくなった。それまで梨を作っていたのを、梨の木を切っていちごに替えた。いちごは二毛作で費用がかからないが、梨は一年中手がかかる。年に二回とれて収入が倍になり簡単にできるので皆が真似をし、平田には梨畑が無くなった。土質が砂地で甘味が出るのでいちご畑になったという。中学の頃には「市川いちご」といって木箱に入れ、組合で出荷した。大小を選別し、屋号を入れて出すので市場で分かる。語り手の家は「山長」という名であったと語る。
原典より
11 諏訪神社12 鯨の骨本行徳1 行徳の船着き場香取1 香取さまの山車2 江戸川土手の桜3 江戸川の鯉釣り—— 市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年))
『市川の伝承民話 第6集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十年に発行した民話資料集である。昭和六十三年度から平成四年度にかけて市川市の下貝塚・八幡・平田・本行徳・香取などで聞き取った世間話・伝説・昔話・唄・年中行事・生活譚を、話者の語りに忠実に記録している。各話に話者と記録者を添え、新たに「現代若者の学校話」の部を設けて口裂け女や学校の七不思議などの怪談も収め、話者名簿・採訪者名簿・あとがきを付ける。