市川いちご
どんな伝承か
終戦のころまで、市川の名産といえば苺だった。消費地に近いため朝採り苺が知られ、須和田では終戦後に苺の見学が流行った。仙台や宮城のあたりの農協が視察に来て、苺の終わったあとの苗を作って随分と送ったという。神田市場からは大きなトラックが取りに来た。苺は軽くて荷傷みしやすいので、荷台の後ろに砂袋のような重いものを積み、前に苺を積んで縛り、跳ねないように工夫して運んだ。やがて産地は他県へ移り、この辺りは住宅地になったと語る。
原典より
あとねえあのう、市川でも優秀な物があるんですよね。—— 市川の伝承民話 第7集(市川民話の会・市川の伝承民話・平成11年刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第7集(市川民話の会・市川の伝承民話・平成11年刊)
市川民話の会編『市川の伝承民話 第7集』を全143話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。