船橋の八べえの地名由来
どんな伝承か
語り手の祖父は世話人として近所の人を集め、成田詣でに出かけたという。道筋は行徳の寺町から妙典を抜け、日本橋の金持ちが建てた石碑のある田尻を経て船橋へと続いた。船橋には八べえと呼ばれる所があり、そこには女郎屋があった。参詣の男たちが行きに寄るか帰りに寄るか迷ったあげく、面倒だから両方にしようと言い合い、四べえと四べえを合わせて八べえになったのが地名の起こりだと語られるが、本当かどうかは知らないと語り手自身が断っている。当時の旧道は船橋大神宮へまっすぐ向かっていたが、今は競馬場方面のバイパスが主な道になったという。
原典より
昔は、家のお爺ちゃんなんかも、世話人だからみんな集めて成田詣で行って、今でも行徳凄いでしょ寺町、妙典通って、田尻にありますよね日本橋の金持ちが建った石碑なんか。—— 市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年))
『市川の伝承民話 第7集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十一年に発行した民話資料集である。平成四年度から六年度にかけて市川市の柏井・須和田・宮久保・原木・稲荷木と国分高校ほかで行った採訪の聞き書きを、話者の息継ぎや方言を残したまま収める。世間話・伝説・昔話・唄と諺・年中行事・生活譚・現代若者の学校話の七部に分け、巻末に話者紹介と会員の採訪記、あとがきを付す。