祖父が描いた塩田の設計図
どんな伝承か
軍に呼ばれた祖父は、昔の記憶をたどって塩田の設計図を描くよう求められ、語り手もそばでそれをのぞいていたという。本塩から田んぼの中を歩き、放水路の妙典側の土手をどこまでも進んだ先が現場だった。まだ埋め立て前で、土手は鴨場と平行に延びていたと語り手は見ている。鴨場は戦後の埋め立てでも水辺として残された場所である。海に突き当たって土手の道が折れる所には目印の松が一本立っており、その先の海際に馬蹄形の土手を築いて塩田にしたという。
原典より
そいであのう、軍隊の方にこのおじいさんが呼ばれてねえ。—— 市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年))
『市川の伝承民話 第7集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十一年に発行した民話資料集である。平成四年度から六年度にかけて市川市の柏井・須和田・宮久保・原木・稲荷木と国分高校ほかで行った採訪の聞き書きを、話者の息継ぎや方言を残したまま収める。世間話・伝説・昔話・唄と諺・年中行事・生活譚・現代若者の学校話の七部に分け、巻末に話者紹介と会員の採訪記、あとがきを付す。