佐倉惣五郎
どんな伝承か
下総佐倉藩主堀田上野介の重い年貢取立てに苦しんだ名主たちが訴えを重ねても顧みられず、公津村(現成田市)の名主惣五郎(木内宗吾)が将軍家綱の寛永寺参詣を狙って単身直訴を決行した。訴状は殿中で評議されたが、家臣らは惣五郎一人に罪を着せて極刑を主張し、明暦元年二月十一日、惣五郎の四人の子が斬首されたのち夫婦は磔となった。惣五郎の霊を祀る宗吾霊堂は成田市下方にある。
原典より
下総佐倉藩主の堀田上野介の重い年貢取立てに百姓は困窮をきわめ、名主らは藩に訴えたが顧みられない。—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
平野馨編『房総の伝説』を全245話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。