女が堰
どんな伝承か
長生郡睦沢村上之郷の女が堰には、悲しい人柱の伝説がある。平野馨氏の『房総』によると、この堰はむかし何度土堤を築いてもこわれた。ある日、里人が工事をしていると、通りがかりの和尚から、明朝、最初に通る女を人柱にすればこわれないと教えられた。翌朝、子どもを背負った女性を見つけて土堤に埋めたところ、以後決壊しなくなったという。子どもが食べかけていた梅が後に芽を出したが、実は片側だけしかついていなかったので片実の梅とよび、明治時代まであった。いま現場には明治四十一年十月建立の「女堰神」の碑がある。
原典より
長生郡睦沢村上之郷の女が堰には、悲しい人柱の伝説がある。—— 房総の年輪 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の年輪
編『房総の年輪』を全93話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。