女が堰の人柱と片実の梅
どんな伝承か
長生郡睦沢村、いまの睦沢町上之郷にある女が堰には、悲しい人柱の言い伝えがある。平野馨の『房総』によれば、この堰は幾度土手を築いても壊れた。工事の最中、通りかかった和尚が、翌朝はじめに通る女を人柱にすれば壊れないと里人に教えた。翌朝、子を背負った女が見つかり、土手に埋められると、以後は決壊しなくなったという。子が食べかけていた梅は芽を出したが、実は片側にしか肉がつかず、片実の梅と呼ばれて明治のころまで残っていた。現地には明治四十一年十月に建てられた「女堰神」の碑が立つ。
原典より
長生郡睦沢村上之郷の女が堰には、悲しい人柱の伝説がある。—— 房総の年輪 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の年輪
『房総の年輪』は、房総各地の伝説・昔話・信仰の伝承地を一項ずつ取り上げた短い文章を集めたもので、著者と刊行の事情は原典に記されていない。香取の要石や真間の手古奈堂、松虫姫、源頼朝や義経の伝説地、沈鐘伝説、椀貸伝説、河童や天狗、海の怪異「もうれん」などを、『譚海』『上総国誌稿』や市町村の民話集を引きながら所在地とともに記す。各項は読み切りの小文で、昭和四十五年と四十七年の年頭に書かれた項を含む。