小竹長兵衛
どんな伝承か
一堂こと弘は、字を子発、通称を文蔵といい、安永七年十一月七日に八幡原に生まれた。皆川淇園・亀田鵬斎に学んで古学を唱えた人である。その父の自得は小竹長兵衛と呼ばれ、質屋を業としていたが人情に厚く、常に貧民に施しをした。貧民でなくとも、凶年や悪病流行の際には慈善の志を尽くし、困窮を助けることを辞さなかった。施しの時にはきまって飯を小椀に盛って与えるのが常であったので、人々は密かにこれを小椀長兵衛と呼んでいたという。任侠と慈善の志には限りがなかったが家産には限りがあり、産を傾けた自得はついに浪人となり、長男一堂が九歳の時に江戸へ出る始末となった。
原典より
去国齢僅九、今帰七十二、手栽松寸干、老大与雲参。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 上総の巻』を全218話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。