國府趾
どんな伝承か
現在、国府台と称するところが、下総国府のあった場所であるという。「江戸名所図会」などに「国府葛飾の地にあり」とあるのは誤りである。「下総旧事考」には、市川を下総の国府と言い伝えるが、「東鑑」を見ると、頼朝が下総の国府に九月十九日から十月二日まで陣を据え、それから太井・隅田の両川を渡ったとあるので、利根より東の台であろう、と見えている。すなわち、ここは頼朝の軍が宿した国府であり、太古の国府附近にあった台地であったので、そのように称せられたのであるらしい。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 下総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・大正~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 下総の巻』を全179話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。