船形神社の東にある印旛国造の墓
どんな伝承か
公津村船形の船形神社から東へ百歩ほどの所に、伊都許利命の墓と伝えるものがある。伊都許利命は孝元天皇の皇子武内宿禰の孫で、成務天皇の御代に印旛国造に任じられたと「旧事本紀」にある。「佐倉風土記」によれば、麻賀多神社は延喜式に載る印旛郡の一座で、応神天皇二十年に伊都許利命が稚産霊神を祀ったのが始まりであり、社の四方には初井や花井など七つの井と七つの台があって、正月七日には七つの家が七種の茶を薦める古い祭祀の名残があるという。船形の公津社はその別宮で、御手洗井と醒井の二つの井があると記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 下総の巻(藤澤衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 下総の巻』は、藤澤衛彦が編著し、大正七年の緒言と大正八年の序を添えた下総国の伝説集である。平将門・佐倉宗吾・真間の手児奈・累などを中心に、千葉県と茨城県西部にまたがる旧下総の城跡・寺社・墓・橋・井戸などにまつわる伝説を、地誌や古記録の引用を交えて収める。緒言で百七十九編を収めると述べ、国名の由来から始めて、話ごとに所在の町村名を付した見出しを立てて並べる。