英一の霊が言い当てた父の涙
どんな伝承か
昭和十一年の三月、土井晩翠は霊媒の小林寿子を招いて心霊現象の実験を催し、心霊にはあまり関心のなかった弟子の成田正毅も誘われて同席した。霊媒の口を借りて語り出したのは、晩翠が先に病で亡くした長男英一の霊である。英一の霊は、父がつい先ごろ『文化』へ出かけ、そこで『大学よいとこ』を見て泣いていたことを言い当て、父さんらしくなかったと言った。晩翠は生きた息子に向かうように受け答えし、お前が大学に通っていたころが思い出されて泣かずにはいられなかったのだと語った。英一があちらの世には悲しみがないと告げると、晩翠は安堵したように、そうかそうかと頭を下げていたという。
原典より
英一君はまた、「お父さん、この世(あちら)には悲みというものがありませんよ。」と答えた。—— あの世はあった―文豪たちは見た、ふるえた(三浦正雄・矢原秀人・2006年(平成18年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
あの世はあった―文豪たちは見た、ふるえた(三浦正雄・矢原秀人・2006年(平成18年))
『あの世はあった――文豪たちは見た!ふるえた!』は、三浦正雄と矢原秀人が二〇〇六年に著した、近代日本の作家や知識人の霊体験を紹介する読み物である。熱海の旅館で遠藤周作と三浦朱門が同時に遭った幽霊、佐藤愛子の心霊現象、菊池寛・宮沢賢治・小泉八雲・土井晩翠・新渡戸稲造・南方熊楠らの体験、夏目漱石の臨死体験を、本人や周囲の文章を引いて語る。一人一章の全十二章にまえがき・あとがきを添え、巻末に霊媒クランドン夫人の実験記録を付録として収める。