橋になれなかった遊女石名の墓石
どんな伝承か
昔、仙台の石名坂下から船丁のあたりに遊女屋が栄えていたころ、石名と名乗る遊女が、罪の障りを消すために、死んだら自分の墓石を橋の一部にして道行く人に踏んでもらいたいと言い残した。けれども遺言どおりにはされず、のちの工事のせいか墓石は倒れたまま放っておかれた。見かねた近所の請負師がいったん引き取り、円福寺へ移してやった。ところが遊女の霊は、石橋にしてもらえなかったことを恨んだのか、余計なことをするなとばかりに請負師の妻の夢へ毎晩のように現れ、願いがかなうまで悩ませ続けたという。その石碑がいまどうなっているかは分からない。
原典より
ところが、遊女の霊は遺言通り、石橋にされないのを恨んだものか、余計なことをするな、とばかり請負師の妻君の夢に現われ、望みが叶えられるまで毎晩のように悩ましつづけたというのであった。—— 宮城県史 民俗編(茂木徳郎(「妖怪 幽霊」の章)・宮城県史シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(茂木徳郎(「妖怪 幽霊」の章)・宮城県史シリーズ)
『宮城県史 民俗編』は宮城県の県史の民俗編で、ここに収めるのは茂木徳郎が執筆した章「妖怪 幽霊」である。山・道・木・水・海・雪・家など出現の場所による分類に沿って妖怪変化を論じ、幽霊とヒトダマ・死霊・生霊の観念を考えたうえで、県内の妖怪・幽霊・動物変化の伝承を郡・町村名を添えて集める。序説・本論・事例篇・参考の順に並び、序説では昭和二十四年の迷信調査と昭和三十年のNHK仙台中央放送局の調査にも触れる。