元旦の書斎で本を読んでいた青年
どんな伝承か
昭和九年の一月二日、作家の福田清人が杉並区和田本町の国文学者塩田良平の家へ年始に出向くと、夫人は怪訝な顔で、昨日もおいでになりませんでしたかと尋ねた。元旦の朝、夫人は書斎で紋付き姿の青年が机に向かって本を読む後ろ姿を見かけ、髪をオールバックに伸ばした福田だと思い込んで茶を置き、声もかけていたのである。青年は振り向きもしなかった。のちに塩田が示した写真の主は、明治の文豪山田美妙の子、旭彦だった。病弱の旭彦は元旦の正午に世を去っており、父の遺した書物を預かる塩田の書斎へ、最期にもう一度それを見に来たのだろうと語られた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私は幽霊を見た(東雅夫(編)・MF文庫ダ・ヴィンチ)
『私は幽霊を見た――現代怪談実話傑作選』は、東雅夫が編んだ怪談実話のアンソロジーで、メディアファクトリーのMF文庫ダ・ヴィンチの一冊である。平山蘆江・火野葦平・佐藤春夫・徳川夢声・遠藤周作・柴田錬三郎から石原慎太郎・新倉イワオ・稲川淳二まで、作家や文化人が自ら見聞きした幽霊や怪異を書いた文章を集める。目次には二十三篇と編者解説が並び、水木しげる・山田野理夫・桝井寿郎の座談「怪談詮議」や中岡俊哉「イタコの謎を追う」の抄録も含む。