水槽の蛸に捕まった盗人
どんな伝承か
昭和五年九月二日の夜のこと。築地の魚市場の看守が建物の中を見回っていると、頭から黒いマントをかぶった風体の男がうろうろしている。誰何すると男は転げるようにして逃げ出したが、入口のところで捕まった。看守がマントを引き剝がして調べると、男の片手には三尺ほどもある蛸が吸いついていた。蛸を盗みに来たなと咎められたその男は吉山市太郎という浮浪者で、水槽の魚を盗もうとして、中に入れてあった蛸に吸いつかれ、身動きが取れずにまごついていたところだった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。