晩翠邸に霊媒を招いた交霊会
どんな伝承か
長男英一の死と松島湾の短艇部遭難という二つの出来事をきっかけに心霊現象を信じるようになった詩人土井晩翠は、盛岡の霊媒小林ひさをしばしば自邸に招き、心霊研究会を開いて英一の霊と対談するようになった。この席には多くの人が招かれ、あるとき筆者の前にも英一の霊を受けた霊媒が来て「白川君」と声をかけたが、筆者には不思議な時間の浪費に過ぎないように思われたという。晩翠邸におけるこの交霊会が回を重ねるうちに、参加した青年たちの間から研究してみてはどうかという話が出て、戦後の昭和二十一年に東北心霊科学研究会が結成された。会長には筆者が挙げられ、顧問に福来友吉、土井晩翠、志賀潔を推戴した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊と神秘世界(福来友吉・大正~昭和初期(推定1920年代~1930年代))
御船千鶴子の透視能力(心霊と神秘世界)/催眠術と透視・念写/千里眼事件と心霊実験/神秘世界の探究/福来友吉の超能力研究