四歳で歩いた花畑の一本道
どんな伝承か
佐藤正弥は一九三六年、四歳のとき、腹をこわしたのがもとで膀胱に大腸菌が入り、高熱と激痛で骨と皮ばかりに痩せ衰えた。当時住んでいた金沢では霊柩車も金箔で飾られており、彼はうわ言で金ぴかの車に乗るのだと繰り返していたという。医者がもう一日もつか分からないと告げた日、兄姉四人が学校を休んで枕元に並んだ。そのとき彼は、黄色や赤の花が咲き乱れる野原の、地平線まで続く一本道を下駄ばきで歩いていた。後ろから帰ってこいと呼ぶ声がこだまし、振り向いたとたんに目が覚めた。のちに何度も死にかけたが臨死体験はこのときだけで、死の瞬間は安らかなものだと信じるようになった。
原典より
そのときのことだと思うんですが、いつのまにかわたしは黄色や赤の花が咲き乱れる野原の中の一本道をどんどん歩いていました。—— 証言・臨死体験(立花隆・臨死体験・ノンフィクション・1996年(平成8年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
証言・臨死体験(立花隆・臨死体験・ノンフィクション・1996年(平成8年))
『証言・臨死体験』は、立花隆が文藝春秋の雑誌『クレア』に連載し、一九九六年に単行本として刊行した臨死体験の証言集である。俳優の安田伸、作家の水上勉、彗星探索家の木内鶴彦、プロレスラーの大仁田厚、映画監督の羽仁進など、病気や事故で死の淵に臨んだ二十三人の体験を、本人や家族からの聞き取りで記録する。各章は人物の略歴と前置きに続けて問答形式の談話を載せ、本人の著書や手記からの引用も交える。