天狗に連れ去られた門人の子
どんな伝承か
国学者平田篤胤の著書「玉襷」には、江戸時代の神かくし事件が記されている。篤胤の門人であった野山種磨の子・作多四郎は、文化十三年五月十五日、十五歳のときに親戚の家から天狗に誘われて姿を消した。父の種磨が神棚に向かって祈り続けたところ、その夜七つ時(四時)頃、多四郎がいた親戚の家の戸口に天狗が彼を投げ付けて返し、多四郎は一時気絶したものの程なく正気に戻ったという。
原典より
彼の門人、江戸南鍋町野山種磨の作多四郎というのが十五歳の時、即ち文化十三年五月十五日のことであったが、この少年が親戚の家へ行っていた間に天狗に誘われて、どこへ行ったか、姿が見えなくなった。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。