西荻窪の普請場で屋根から墜落
どんな伝承か
昭和八年より少し前、笠井鎮夫は鎌倉の家を畳んで東京の西荻窪へ移った。まだ到るところに稲の田圃が残り武蔵野の面影のある頃で、これをきっかけに妻の姉が嫁いだ大内一家も近所に土地を買い、その頃の西荻窪では目立つほどの洋館を建てることになった。その棟上げの数日前、笠井家に同居して神田の日大へ通っていた義弟奈良麟太郎が、姉の家の普請を見に行き、生来の冒険好きから大工と一緒に屋根を昇り降りするうち、梯子の中段から足を踏み外して地上へ墜落した。高い所ではなかったが打ちどころが悪く、腰が立たず笠井家へ担ぎ込まれて寝込んだ。
原典より
大して高い所からでもないのに、打ちどころが悪かったものか、起ち上ろうとしたがどうしても腰が立ちません。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。