赤松の落人が眠る開かずの間の床下
どんな伝承か
室町時代、将軍足利義教を暗殺した赤松満祐の一党、いわゆる赤松の乱の残党は、のちに山名宗全に攻められて敗走し、播磨から落人となって生野へ流れ着いた。大勢が追手に囲まれ、自ら墓穴を掘って自害したと伝わり、その場所が大明寺の開かずの間の下に当たるとされる。以来供養を続けているが怪現象は絶えることがなく、そのため今も部屋を使わず常に閉め切ったままにしているという。
原典より
大勢の落人が生野へ流れつき、追手に囲まれて、自らの墓穴を掘って自害し果てた。—— 現代の怪奇-日本列島のミステリー地帯(鈴江淳也・1970年(昭和45年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代の怪奇-日本列島のミステリー地帯(鈴江淳也・1970年(昭和45年))
『現代の怪奇――日本列島のミステリー地帯』は、鈴江淳也が前著『日本の奇談』に続けてまとめた、現代の超常現象と奇談のレポートである。桑名の「天狗の初さん」、新幹線の亡霊、京都のタクシーに乗る幽霊客、人魂、原因の知れない奇病、念写と三田光一の透視などを、著者の取材・面談と、大正の新聞から昭和四十年代の週刊誌までの記事で集めて収める。五つの部に分け、あとがきは昭和四十五年三月の日付で、巻末に機関誌などを入手できる団体・研究家の一覧を付す。