茶碗に映る顔を飲みほした若党
どんな伝承か
小泉八雲の「茶碗の中」。天保三年一月四日、中川佐渡守が年始回りの途中、供を連れて江戸の本郷白山の茶店で休んだ。家来の若党関内が喉の渇きに茶碗へ茶を注ぐと、黄色く澄んだ茶の面に自分ではない若侍の顔が映っていた。茶碗を替えても顔は消えず、関内はもう騙されぬと顔ごと茶を飲み干した。その夜、屋敷で宿直する関内の前に式部平内と名のる男が現れ、短刀で突くと壁を抜けて消えた。翌晩には平内の家来三人が来て、主人は傷の湯治中だが来月十六日に戻って仕返しすると告げ、関内が斬りかかると隣家の塀へ影のように飛び上がった。物語はそこで途切れている。
原典より
そして、その茶碗を口にもつてゆこうとすると、その透きとおつた黄色な茶のなかに、自分とはちがう顔が映っているのに、ふと気がついた。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。