湯殿山の沢で聴いた亡妻の呼び声
どんな伝承か
村の者五、六人が連れ立って、出羽の三山を掛けに行ったことがあった。湯殿山を掛け下りてきて、鬱蒼とした深林帯の長い尾根に一行がさしかかったとき、一番後ろを少し遅れて歩いていた大下某という男が、顔色を変えて同行に追いつき、今の呼び声を聴いたかと言った。皆が何の声かと訊くと、あの声が聴こえぬのか、今この沢で女の呼び声が二、三度した、それが俺の女房の声のようであった、と言う。男はそれから鬱々として楽しまず、家に帰るとそのまま病み出して死んでしまった。女房は三年ばかり前に死んでいた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
佐々木喜善全集 1(佐々木喜善・佐々木喜善全集・大正・昭和(東北民俗))
『遠野物語』の語り手・佐々木喜善が大正昭和期に郷里岩手で採集した東北の昔話・伝説の集成。冒頭の『奥州のザシキワラシの話』では、旧家の座敷に出没し家の盛衰を司るザシキワラシの諸相を集める。『江刺郡昔話』『紫波郡昔話』に続き、『東奥異聞』では不思議な縁女の話・黄金の牛・磐司磐三郎・千曳石・赤子抱き・偽汽車など奇譚を収める。