豊若丸の金の茶わんとなんきん清水
どんな伝承か
金の茶碗を持っているというので、十二、三歳になる養女の豊若丸が新野の豪族に追われた。豊若丸は地蔵峠を越えて逃げ、沢沿いに下ってきたが、滝に行く手をふさがれ、茶碗を抱えたまま滝へ身を投げた。そのとき詠んだという辞世の歌が今に残る。おぼれて死んだ豊若丸を見つけた坂部の人々は、金の茶碗を握りしめた亡骸を弔い、その茶碗で水を供えた。すると夏は冷たく、冬は温かい水があふれ出るようになったので、茶碗を沢の岩の下に埋めた。そこから湧く水をなんきん清水と呼ぶようになったという。
原典より
そうしたら夏は冷たい水、冬はぬくとい水となってあふれた。—— 坂部民俗誌稿(長野県下伊那郡天竜村)――昔話・伝説 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
坂部民俗誌稿(長野県下伊那郡天竜村)――昔話・伝説
『坂部民俗誌稿(長野県下伊那郡天竜村)――昔話・伝説』は、天竜村坂部の民俗をまとめた民俗誌稿のうち、第十二章「口頭伝承」の一部を収めたものである。さるかに合戦、へび女房、桃太郎、花咲かじじいなどの昔話を語り手の名を添えて土地の語り口のまま記し、先途の七人塚、お万さま、天龍川のかわらんべ、早太郎のひひざる退治など落人や土地にまつわる伝説を並べる。昔話を動物昔話・本格昔話・笑話に分け、伝説、なぞと続ける。