命もたぬといわれた娘の弟子入り
どんな伝承か
渡辺麗子神子は昭和五年、宮古市の崎山に生まれた。幼いころから体が弱く、学校もろくに通えないまま、医者からは一八歳まで命がもたないと言われていた。毎日粥をすすって過ごし、家では働けないのだからミシンでも買ってやろうかと話が出ていたころ、春除けで回ってきた扇田師匠に預けられ、奉公をしながら神子の道を習うことになった。一生食べてはいけないと言われていた団子餅も、師匠の娘フミに勧められて口にすると何ともなく、以後は何でも食べられるようになったという。ダイジユルシの行では、幕と注連縄を張った部屋にフミと二人で二一日間籠り、寒の水を毎日かぶって背中がひび割れた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮古市史 民俗編 上巻――民間宗教者・俗信・妖怪(宮古市(編)・宮古市史)
『宮古市史 民俗編 上巻――民間宗教者・俗信・妖怪』は、宮古市の市史のうち、民俗編上巻の第四節「民間宗教者」と第五節「民間医療と俗信」を収めたものである。南部藩の宗門帳などの古文書から閉伊郡の山伏・神子・瞽女と里修験の成り立ちをたどり、イタコ・カミツキと呼ばれる巫女の系統、新宗教、民間薬、予兆・占い・まじない・禁忌を述べる。俗信の末尾には座敷童子・カッパ・キツネ・モウコ(幽霊)・オシラサマなどの話を、地区名を添えて箇条で並べる。