尾の先で人を操る老狐
どんな伝承か
須磨に住む宮城県気仙沼町生まれの実業家三田氏が、少年上りの折に実見した話である。七月五日は気仙沼地方の取引季なので、氏は隣郡の高田町へ生糸の掛金を集めに行くべく午前二時に発ち、二つの山を越えて夜明けがたに渓流へ架かる国道の小さな土橋の手前で腰を下ろしていた。橋の向かいの大木の下で五十歳ばかりの親爺が土に坐り酒杯をやりとりする態をしており、その右方五、六間に緒毛の老狐が尻を向けて坐り、尾を水平に伸ばして先端を素早く回していた。三田が石を投げると狐は山中へ逃げ、同時に親爺は引かれるように倒れた。抱き起こすと正気づき、自分は大船渡の者で三日の暮れに大槌の婚礼へ出たはずだと語ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期(1927))
心霊研究家・岡田建文が昭和二年(一九二七)に著した『動物界霊異誌』。現代物理は宇宙の大物理の末梢に過ぎぬとの立場から、動物の霊異を迷信的虚妄として退けず証明すべき事例として収集する。蝦蟇(ヒキガエル)の章では、蛇を埋めてクリ茸を生やし食う怪(島根波根東村)、背に五寸釘を刺され口から怪光を吐く大蝦蟇(会津若松龍田屋、同時に幼児が高熱)、猫を灰色の液汁に溶かす怪(石見久利村)、慶応二年に浄土寺へ夜ごと現れた武士の正体が蝦蟇だった話を収める。