本願寺法主の一行を迷わせた狐
どんな伝承か
文政十年、京都の東本願寺が洛外の西山に土地を買って法主の別荘を建てることになった。その地には古い神祠があり、社殿の下や付近に狐の穴が多く、取り退ければ災いがあるといわれて地ならしもできずにいたが、別荘が竣工すれば天皇の行幸があるという噂も立ち、ついに祠を取り壊し狐穴をみな埋めて整地した。するとある日、法主が役僧ら十数人の家来を連れ、駕籠四挺・舁夫ともに三十余人で別荘地の見分に赴いた。その帰り、日が暮れて南へ行くべきところを反対に北へ向かい、誰も気づかぬまま三時間も稲田の中を迷い歩き、夜更けに農家の生垣へ駕籠を突っ込んで正気に復した。そこは思いもよらぬ上嵯峨であったという。
原典より
一行は駕籠が四挺で、舁夫ともに三十餘人の人数であつてが、歸路に日が暮れ、南へ往かねばならぬところを反對に北へ向つた。—— 動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・1927年(昭和2年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・1927年(昭和2年))
『動物界霊異誌』は、岡田建文(蒼溟)が昭和二年に著し、郷土研究社から出した動物怪異の記録集である。二十余年にわたって集めた体験や同志の報告から、動物にまつわる怪異の事例を選び、山陰地方を中心とする明治・大正の見聞と、近世の随筆に見える記事を収める。蝦蟇・猫・河童・狐・狸と貉・外道(人狐)・蛇などの動物ごとに、解説・事例・古人の記述の順に並べ、心霊の立場からの考察を加える。