秋の峰に穢れを焼く柴燈護摩
どんな伝承か
羽黒の修験が秋の峰修行に際して行う柴燈護摩は、表には大日如来を本尊と立てているが、実は阿弥陀如来を真実の本尊としている。国土の平安と五穀の豊作を祈るとともに、亡き人のたましいにまつわる穢れを焼いて清め、長く解脱の楽しみを受けさせるための修法であると説く。死者を葬ったあと、墓のほとりで七日の間、夜ごとに火を焚く民俗と共通する信仰であり、ここに修験道と浄土信仰、また修験道と固有信仰が結びつく原因がある。法を修する者自身もこの法によって心の迷いと肉体の穢れを去り、生きながら神仏と同体になるという。これを即身即仏という。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗(原田敏明・池上廣正・堀一郎ほか)
『日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗』は、原田敏明・池上廣正・堀一郎ら十二人の執筆者による論文集である。民間に伝わる神と霊の観念、家や村の氏神、職業の神、祭りの日取りと組織、憑きものや妖怪を題材に、各地の調査報告や古記録に見える事例を引いて論じる。原田の総説に始まる十七編からなり、後半では修験道・庚申信仰・キリシタン・新興宗教と民間信仰とのかかわりを扱う。