佃島の狐憑きが祠となった尾崎大明神
どんな伝承か
オサキ狐は江戸に入らない、王子稲荷が押さえているからだと言い伝えられてきた。ところが『頃痢流行記』には、これと名の通じる祠の由来が載る。ある年の八月半ば、佃島の漁師某に野狐が取りついた。近隣の者が駆け集まり、神官や修験に祈禱を頼む。さんざん責め立てられた狐は男の口から抜け出して逃げたが、居合わせた人々に追いつめられ、その場で打ち殺された。長にあたる者の計らいで死骸は焼いて灰にし、そのあたりに三尺四方の祠を建て、霊を尾崎大明神として祭ったという。頃痢とは激しい流行病のことで、コレラもその一つとみなされる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年))
『動物妖怪譚』は、日野巌が大正六年に筆を起こし、大正十一年の跋と大正十五年の再記を添えて著した伝説の動物の研究書である。鬼・天狗・河童・人魚・雪女・龍・雷獣・狐・狸・獏・鯰・猫など二十六の項目を立て、記紀や万葉集から近世の随筆までの記事を原文の引用ごと示して起源と変遷をたどり、動物学の知識で正体を考える。總論で起原・歴史的変遷・分類などを論じ、結論では迷信から科学へ近づくことを説いて閉じる。