朝熊山に伝わる死者の嶽参り
どんな伝承か
人が死ぬと、その魂は近くの霊山へ飛んでいくと各地で信じられ、これを死者の山参りや山行きと呼んだ。いったん葬ったあとも、五七日か七七日の忌日になると、改めて近くの霊山へ登って拝む。伊勢神宮に近い朝熊山もそうした山の一つで、ここではそれを死者の「嶽参り」と言い習わしている。霊山に位牌や遺骨を納める風は中世に最も盛んで、高野山と並んで朝熊山がその例とされ、寺の側も納骨堂や位牌堂、供養の塔を設けて応じた。金剛証寺の境内に立ち並ぶおびただしい卒塔婆に、著者は霊山で生き続けようとする亡者の執念を見る思いがすると記している。
原典より
伊勢神宮の所在地に近い朝熊山などもその一つであるが、それを死者の「嶽参り」とよんでいる。—— 霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点(桜井徳太郎・桜井徳太郎・歴史民俗学・1977年(昭和52年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点(桜井徳太郎・桜井徳太郎・歴史民俗学・1977年(昭和52年))
『霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点』は、桜井徳太郎が一九七七年(昭和五十二年)に著し、筑摩書房から刊行した論文集である。昭和三十二年から五十年にかけて学会誌や雑誌、新聞に発表した論考を収め、民俗学と歴史研究の関係、郷土の民俗像の史的復元、古代のシャマニズムと憑霊、呪いの人形、怨霊から御霊への死霊観を論じる。後半で折口信夫の巫女観と柳田国男の祖先観を検討し、巻末にあとがきと初稿発表覚書を付す。