フロシキ嫁から嫁入り婚への推移
どんな伝承か
山あいの小留浦では、婚礼の作法が家の格ごとに分かれていたという。小作や日傭で暮らす層にはフロシキ嫁と呼ぶ簡素な形が残り、自小作の中間層は朝聟入りに従い、地主や山林地主であるオマエ層は武家風の嫁入り婚を行った。ただしオマエ層でも相手が同じ部落の者なら、朝聟入りに倣うことが多かった。古老が昔はフロシキ嫁ばかりだったと語るところから、作法はフロシキ嫁、朝聟入り、嫁入りの順に移ってきたとみられる。さらに奥まった峰・奥・下などの小部落では嫁入り婚がまったく行われず、平場の母村から分かれた枝村ほど古い形が濃く残っていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点(桜井徳太郎・桜井徳太郎・歴史民俗学・昭和(民俗学))
民俗学者・桜井徳太郎『霊魂観の系譜―歴史民俗学の視点』。日本民俗学を歴史研究と結びつける歴史民俗学の方法を提唱し、古代から現代に至る日本人の霊魂観を追究する。I『民俗学と歴史研究』では日本民俗学の宿命・対象・方法と歴史研究との関係を論じ、II『歴史民俗学の構想』では柳田国男の重出立証法を批判・克服し、奥多摩小河内村の婚姻習俗(朝聟入り型・承認権)を作業例に郷土の民俗像の史的復元を試みる。