焼かれた穂畑から逃げたヤマンバ
どんな伝承か
『南路志』によれば、高知県土佐山村の横平山の北に小岩窟があり、ヤマンバが住むと言い伝え、九月十七日を祭日とした。同じ村の桑尾にもヤマンバのタキと呼ぶ所があり、高さ十二間の崖の近くに岩屋が残っている。昔、部落の者がこの岩屋の近くに穂畑を持っていた。畑は毎年豊作続きで、刈っても刈ってもすぐ穂が出て刈り尽くせないほどで、家運は栄える一方だったが、その不思議さがだんだん気味悪くなり、あるとき火を放った。すると畑から半焼けのヤマンバが崖の方へ飛ぶように走り去り、それからこの家は見る影もなく落ちぶれた。土佐山村で「ヤマンバがつく」とは、思いがけぬ良いことが続いて家運が栄えるさまをいう言葉である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
河童・天狗・妖怪――民俗随筆(武田静澄・武田静澄・民俗随筆・1956年(昭和31年))
『河童・天狗・妖怪――民俗随筆』は、武田静澄が昭和三十一年に著した民俗随筆である。天狗と神かくし、河童、座敷わらし、山の神と山の妖怪、狐狸とつきもの、水辺や海の亡霊、死霊と御霊などをめぐる伝承を、『今昔物語』などの古典の説話と各地の民俗の事例から集めて語る。短い見出しを立てた小文を連ねる形をとり、神かくしにあう心理や幻覚、お化けの心理にも触れて、妖怪を信じる心のはたらきを考える。