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大山寺の仲裁も空しい離縁と愁訴

所在地島根県隠岐郡西ノ島町大字宇賀
年代文政十一年(1828年)
登場茂左衛門、大山寺使者、庄屋
出典憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)

どんな伝承か

村八分のあと、宇賀村の男の家は村に病人が出るたびに狐のせいにされ、願成寺や千福寺が厄除けの祈禱を盛んに行って、難儀は増すばかりだった。海士村の願福寺、美田村の長福寺、別府の大宮司が見かねて和解を仲立ちしたが、村も親類も承知しなかった。男は伯耆の大山に登って窮状を訴え、二度目には大山寺から使者が下って村へ申し渡し、庄屋の茂左衛門が関係の回復を約束した。しかし約束は一つも守られず、従弟の妻は幼い娘を残して菱浦の実家へ引き取られ、嫁いでいた男の娘も送り返された。一門の滅亡を恐れた男は、文政十一年に書面で愁訴した。

原典より

このようにして推移しますならば、私方は滅亡するより以外にはありません。—— 憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・1953年(昭和28年)初版・1956年(昭和31年)新版) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・1953年(昭和28年)初版・1956年(昭和31年)新版)

『憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)』は、速水保孝が昭和二十八年に著し、昭和三十一年に書き加えて新版とした研究書である。出雲・隠岐を中心とする山陰の狐持ちなど、家筋に結びつけられた憑きもの迷信を、法務局が扱った人権事件、藩の触書や村の古文書、加茂町の世帯調査から集めている。狐持ちの家に生まれた著者の体験から説き起こし、江戸中期以降の新興地主への反感に起こりを求める。柳田国男が序を寄せている。

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狐持ち離縁村八分文政

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