ナオの臨終と王仁三郎の号泣
どんな伝承か
大正七年十一月六日午後十時三十分、大本開祖の出口ナオは八十三歳でこの世を去った。王仁三郎の姿が臨終の席から見えなくなったと思う頃、彼の自室から辺りかまわぬ激しい号泣の声が響いてきた。まさに号泣そのものであった。著者はこの慟哭に、近代人には説明しがたい「古代的性格」を見る。『古事記』でスサノオの命が、母のいる根の国へ行きたい一心で、青山を枯山のように泣き枯らしたと描かれた、あの一途な泣き叫びと重ね、霊的因縁の最も深いナオとの今生の別れに、業を超えた生命本来のものが噴き出ていると受け止めている。
原典より
王仁三郎の姿がナオの臨終の席から見えなくなったと思うころ、彼の自室から激しい号泣の声がひびいてきた。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。