玄狐稲荷となった黒狐の頼み
どんな伝承か
松前志摩守道広に嫁いだ花山院家の初姫は、明和八年に福山へ渡ったが、まもなく病で世を去った。京から姫に付き添った狐たちは帰郷したが、一匹だけが知内の狐と契り子をなして残り、天明二年、藩主の狩の行列を覗いていて見つかり、厚谷伴蔵の銃で撃たれた。天明八年、南部の山伏大昌院が箱館の弁天浜で百日の苦行に入ると、堂の下に籠っていた黒狐が満願の前夜に声をかけ、自分の霊を一社に祀ってくれれば長く城下を守ろう、それを藤倉八十八に伝えてほしいと頼んだ。享和二年、福山の唐津内沢に社が建てられ玄狐稲荷と呼ばれたという。
原典より
松前志摩守道広は、前右大臣花山院常雅の初姫を娶ることとなり、姫には、本庄豊前守、一色治部等が附添ひ、明和八年十月二十六日といふに福山(現在松前町)へ渡ったので、藩からは松前内記が大沢沖まで出迎へた。—— 日本伝説大系 第1巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第1巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第1巻』は、叢書『日本伝説大系』のうち北海道と青森県の伝説を収めた巻である。人間の始めやコロポックル、アイヌの神謡、岩木山一代記、おしら祭文、義経や弘法大師の事跡、狐や大蛇の話、地名や神社の由来などを、口承の資料を中心に採る。伝承地を記した例話を冒頭に置き、〔類話〕〔文献〕〔参考〕の欄で各地の類話の梗概と近世以後の文献の原文を添える編み方をとる。