維盛の隠棲を刻む成覚寺の墓碑
どんな伝承か
成覚寺にある「維盛墓碑」の碑文である。維盛は平重盛の長子で、安徳天皇の朝に従三位左近衛権中将まで進んだ。寿永の役に八島の軍営を出て人知れず熊野に至り、髪を剃って浄円と名を改め、絶命の歌を残して舟を海に浮かべ身を没したと『源平盛衰記』や『平家物語』は記す。しかし実際は跡をくらましてこの地に隠れ棲み、承元四年三月二十八日、五十三歳で病没して後の岡に葬られたという。生前すでに住まいを寺としており、それが今の成覚寺である。邑の中に子孫の家が二十一、隷属を合わせて二百五十余戸を数えたと刻む。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。