閻魔像を刻ませた阿漕明神の夢告
どんな伝承か
真教寺の縁起によれば、当寺は木真の開基で、閻魔像も木真の作だという。木真が山に籠っていたころ、夜ごと夢に阿漕明神が現れ、罪せられた後の苦しみは言葉にも尽くせぬと地獄のありさまを語り、閻魔の像を刻んで衆生を救えと告げたので、像を安置したと伝える。阿漕平治はもと丹波の城主に仕えた村上勘解由之助行春という武士で、主人が謀叛に討たれたため姫君を伴って安濃の津へ落ちのび、名を平治と改めた。暮らしのため禁制の浦で夜ごと網を下ろすうち捕えられ、その場に穴を掘って簀巻きにされ埋められたという。塚のほかに、乗っていた小舟を埋めた舟塚も残る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。