神輿を奪い霧生に籠った千方の城
どんな伝承か
『准后伊賀記』によれば、藤原千方朝臣は村上天皇の御代に正二位を望んだがかなわず、日吉の神輿を奪って伊賀国の霧生郷に立てこもった。紀朝雄という人が副将軍となってこれを討ったという。伊勢の甲和郷にも遺跡があると伝える。千方は藤原千峰の子で鎮守府将軍に至った人で、系図によっては千峰を千常と書く。千方は荘内郷の城立村に住んだ。城立は城を築くのにかなった地勢で、伊賀・伊勢両国の境にあたる。俗には川口郷家城の瀬戸で斬られたというが、それは誤りで、伊賀国三国ヶ岳の南西、逆柳の下で死んだと記録に見えるとする。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。