在王丸の最期を記す勢陽雑記の在王塚
どんな伝承か
勢陽雑記は、在王塚が水車より西へ向かう耕作道の左側にあり、俊寛僧都の近習だった在王丸の遺跡だと記す。在王丸は僧都が流されたとき都に残ったが、のちに主を慕って薩摩潟へ下り、手づるを得て鬼界ヶ島へ渡った。島でいくら探しても主の行方は知れず、神仏に祈って再会を願ったところ、夢に僧都が現れて昔語りをし、松を吹く風とともに夢がさめた。かたわらに髑髏があったので主の亡骸として都へ持ち帰り、ねんごろに供養したという。その後、関東へ下る途中で桑名の浜辺に休んだ在王丸は、示現の歌に不思議を覚え、近くの臨湊寺の本尊の前で通夜の勤行をするうち、病もなく息を引き取った。人びとが筵をかけて一夜を過ごすと、隙間から光が輝いたと伝える。桑名で死者の家に筵をかける風習はこれに由来するという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。