菊名川の水間様
どんな伝承か
鎌倉時代、三浦義意の家臣に菊名左衛門重氏という武将がいた。その娘に赤子が生まれたが乳の出が悪く、子はやせ細るばかりだった。娘は山中の小さな社に乳が出るよう百日の願をかけ、四キロを超える険しい山道を毎日通い続けた。満願の日の帰り、ひどく喉が渇いてあたりを探すと、大杉の根元に澄んだ泉が湧いていたので、その水で喉を潤した。館に帰って子に乳房を含ませると、飲みきれないほど乳があふれ出たという。評判を聞いた母親たちが次々と泉の水を飲みに押しかけ、やがて小さな社が建てられて水間様と呼ばれ、水神として信仰された。この泉は菊名川の水源でもある。
原典より
弘法大師と水無川(秦野市・中郡西秦野町) 八八尼将軍と化粧井戸(横浜市南区井土ヶ谷上町) 九六—— 神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。